健康診断では視力検査や聴力検査があるのに、なぜか「味覚検査」だけはありません。ほとんどの人が一日に三回食事をしているのに、自分がどの味に強く、どの味に鈍いのかを知らないのではないでしょうか。
「生活の中で当たり前になっているのに、誰も向き合ってこなかった」味覚というテーマに、第三者機関として真正面から取り組んでいるのが一般社団法人日本味覚協会です。
2014年の設立以来、12年以上にわたり味覚検定や講座、メディア出演、食育活動などを通じて「味覚を知る」ことの面白さと価値を発信し続けています。
今回は代表の水野考貴さんに、協会設立の背景から、実技100%の味覚検定、今後の展望に至るまで、じっくりとお話を伺いました。

一般社団法人日本味覚協会代表 水野考貴さん
食文化を豊かにできる「味覚」を伝えたい
―― 協会設立までの経緯や理念について詳しく教えてください。水野さん:味覚を研究している一般企業の研究者仲間と、そもそも「味覚を測定する」「味覚が優れているかどうかをチェックする」といった機会が無いという話になりました。健康診断でも味覚検査だけは実施されていません。
実は一般の食品企業では味覚の研究はされているんです。ただ、どうしても自社の商品を売るための研究になってしまい、その知見を普及したり、皆さんにお伝えしたりする活動ができていない。
本来はもっと公開して、みんなで味覚をより理解していけたらいいと思うんです。そうしたら、食への興味や日本の食文化の向上にもつながるはずだと考えています。
ですので、食品会社の研究者たちの声を拾いながら、第三者機関として普及活動をしていこうと思い、立ち上げました。
―― 企業の中では行われていても、一般には普及していなかったんですね。
水野さん:味覚はみんなが向き合っているはずの身近なものなのに「あなたの味覚はいいですか?」「どの味が敏感ですか?」と聞かれても、答えられる人は少ない。それは本来良くない状態です。
「自分はこの味に鈍感だから、こういう味付けの方がいい」「この食感が好きだからこういうものが好き」とみんなが知っていた方が、食生活はもっと豊かになるはずなんです。
「正しい味覚」ではなく「自分の味覚」を知る
―― 正しい味覚に導くというよりも、自分の味覚を知ることを大切にしているのでしょうか。水野さん:そのとおりです。食べ物の味を数値化する団体も多いですが、私たちは「人の味覚」からアプローチしているのが特徴です。「自分の味覚を知りましょう。パートナーの味覚を知りましょう」と伝えています。
――協会が実施する味覚検定は、実際に食べ物を味わい、味を感じ取る力を測る実技型の検定ですよね。 「人の味覚」として知ることで、どんなメリットがあるのでしょうか。
水野さん:たとえば本来、レストランでも味覚に応じた味付けが提供されるのが理想の姿だと思うんです。自分がどの味覚が美味しいと感じるかを知っていれば、より自分に合った味を選べるようになります。
画一的な料理提供ではなく、将来的には選べるスタイルが当たり前になっていったら、より食事を楽しめる可能性を秘めていると思っています。
味覚検定では、薄味を感じられるかどうかで合否を判定しています。ただ、私たちが本当に伝えたいのは「甘みは感じにくいけれど、酸味にはすごく敏感」といった、自分自身の特徴に気づいてもらうことなんです。
できるだけ対面での講義を大切にしています
―― 検定で100%実技・体験型を取り入れているのは、どのような思いからでしょうか。
水野さん:味覚は訓練で向上する部分もあるのですが、まずは勉強の要素を取り払い、味覚の感じる力そのものだけを測るようにしています。
味覚が優れている人は、シェフや食品会社の開発部門にとって欠かせない存在です。
「味覚検定に合格した人は味覚がいい」とシンプルに伝わるようにしたい。だからこそ実技100%の形にこだわっています。
味覚に自信が無い人が実は結果が良かったり、その逆もあったりといった、気づきの機会になればと思っています。
チョコレートから始まった検定と、広がる受講生層
―― 味覚検定はどのように行っているのでしょうか。水野さん:オンラインでご購入いただいた後、届いたミックスジュースやクッキーなどを食べ比べ・飲み比べて、画面上で回答していただきます。
その後、味覚検定の結果をこちらで集計し、合格された方には後日認定証をお送りする流れです。

味覚検定3級のセットが自宅に届くので手軽に検定を受けられます
―― 味覚検定チョコやミックスジュース、クッキーを配送するというアプローチは、手軽な受験を重視してのことでしょうか。
水野さん:そうですね。最初は味覚検定チョコから作りました。バレンタインデーには独自のチョコを配るイベントもあるので、そこを入り口に手軽に楽しんでもらえたらと思ったんです。
プロのショコラティエに作ってもらっているので、普通に食べても美味しいんですよ。義理チョコや、あるいはパートナー、すでに仲の良い方へのきっかけ作りとしてもおすすめです。
楽しみながら「1番のチョコは少し酸っぱい」「こちらは少し甘め」といった違いを、ゲーム感覚で認識してもらうところから始めました。
そこから精度を上げ、ミックスジュースなどを用いた今の味覚検定へと、第二段階目に入ったような感じですね。

味覚検定チョコは難易度に応じて3種類を用意
―― この検定を取り入れた方は、どのようなところで活躍されているのでしょうか。
水野さん:正確な追跡はできていないのですが、感覚としてはやはり食に携わるお仕事の方が一番多いです。
食品会社に勤めている方や、料理専門学校の生徒さんなど。それ以外だと、普段から料理に興味のある30〜50代くらいの女性の方が多い印象があります。
―― 協会としては、どういう方に取り入れてほしいですか。
水野さん:協会としての一番の願いは、専門家だけでなく、普通に食事を楽しみたい方、食に少しでも意識を持っている方に広くチャレンジしてもらいたいですね。
皆さんが自分の視力を知っているように、自分の味覚力も当たり前に知っている世界になったらいいなと思います。
鈍った味覚を取り戻す、二つの方法
―― 最近は食文化の発展とともに濃い味のものも増えた印象があります。水野さん:濃い味のものが増えると健康にも良くないですよね。
たとえば塩味に鈍感な人で無意識に塩分を多く使ってしまう方は、自分の傾向を認識することが重要です。
塩味に鈍感だと分かっていると「じゃあ塩味を敏感にすれば、薄味のものでも美味しく食べられるようになる」と気づき、健康促進につながります。
―― 塩味に鈍感になってしまった大人でも、鍛え直すことはできるのでしょうか。
水野さん:特効薬はないのですが、有効な方法を2つお伝えしています。
ひとつは亜鉛です。味を感じ取る細胞の集合体である「味蕾(みらい)」は約10日間のサイクルで生まれ変わるのですが、そのサイクルに乗れない味蕾がどんどん減って味覚が鈍くなります。
そこで亜鉛を摂ることで、正常に生まれ変わりやすく、味覚の維持につながります。
もうひとつは、普段の食事から「味を意識して表現する」ことです。
ただ「美味しい」で終わらせず、「このカレーは○○屋の味に近い」「市販の○○カレーに近い」といった感じです。
色鉛筆の色数を増やすように表現の幅を広げていくと、味覚はどんどん磨かれていきます。
体験講座とオンラインという学びの選択、そして次に見据えるもの
―― 検定を受けて講座が気になる方は、どのように学んでいったらいいのでしょうか。水野さん:この講座は他企業さんからのご依頼もあり、協業しながら実施しているので、現状は食品会社向けのサービスという色合いが強いです。
エントリーコースは若手の方や、まず基本を知りたい方向け、より詳しく知りたい方はアドバンスコース、という位置づけです。
すでに食品会社で長年勤めている方であれば、アドバンスコースから受けることもおすすめしています。今後は、専門的な知識型の検定も一般の方向けに作ることを検討しているところです。
―― eラーニング形式で提供している理由は何かあるのでしょうか。
水野さん:本来は体験しながら実施したい分野ではあるのですが、食品会社は全国各地にあり、実際に受講のために足を運ぶのが大変という声も多いんです。そこでeラーニングにして、受講しやすさを優先しました。
ですが、講座の中でチョコを活用するなど、体験しながら感じてもらえる工夫も取り入れています。
―― 企業に出向いての出張講座もやられているとか。
水野さん:出張講座も何度もやっています。実際に体験してもらいながら学べるのでおすすめですね。
コスト面を考えて、人数の多い場合は出張講座、専門部門の数名だけが受けたいという場合はオンラインと使い分けて対応しています。
企業への出張講座も積極的に行っています

運営の課題と、味覚を身近にするための挑戦
―― 運営していく中で、課題に感じていることはありますか。水野さん:オンラインの講義だとどうしても伝わりにくかったり、一方的になってしまったりすることもあります。
本当は全国各地で毎月セミナーを開催できたら理想ですが、簡単ではありません。
―― 主婦の方など、家庭の目線で身近に取り入れられることはありますか。
味覚について体系的に学びたい方や、食品業界・食育などに知識を生かしたい方には、「味覚スペシャリスト養成講座」もご用意しています。詳しいカリキュラムや受講方法は、以下よりご覧いただけます。
味覚スペシャリスト養成講座の詳細はこちら

味覚スペシャリスト養成講座も開講
今の味覚検定は実技型のものですが、その知識型版というイメージで、一般の方向けに知識としてまとめたコンテンツも制作中です。
知識型の検定という形で、味覚についての知識を持っていることを認定できるようなものを検討しています。
テキストは分かりやすいテイストで学んでいただけるものにしたいですね。それをしっかり勉強して身についたかを試す認定試験のご用意もできればと思っています。
心に残るエピソードと、メディア・食育活動の広がり
―― 受講生さんの印象的だったエピソードを教えていただけますか。水野さん:以前、セミナーが終わった後に「味覚検定で満点を取りました」ととても喜んでくださった方がいました。
パーフェクトな結果は本当に珍しいので私も驚いたのですが、それ以上に、自分の味覚を知ることでこんなに喜んでもらえるんだと実感できたのが嬉しかったです。
作る側にいると、実際に使う方の声を直接聞く機会は意外と少ないので、貴重な瞬間でした。
―― メディア出演も多い印象ですが、放送後の反響はいかがですか。
水野さん:反響は大きいです。メディアに出ることも、皆さんに味覚を意識してもらう大きな役割なんですよね。身近な市販品を使うことで「味覚」に興味を持ってもらえる大切な場になると思っています。
「日本味覚協会」自体を知らなかったという人がまだまだ多いので、私たちの活動を知っていただき「自分の味覚のことを知らない」という気づきを届けたいです。

メディアからの出演依頼には基本的に応じ、日本味覚協会の認知を広げています
―― メディア出演やイベントのお声がけは、どんなきっかけでいただくことが多いのでしょうか。
水野さん:ブログ「味覚ステーション」がきっかけでお問い合わせをいただくことが大半です。味覚に限らず、コーヒーやビールの飲み比べなどを調べていて記事にたどり着き、そこから味覚への意識につながっていく方が多いですね。
味覚に関してのことをいろいろな切り口で書いているので、記事を読んでいただけると嬉しいです。
―― 小学校などでの食育活動も行われているそうですね。
水野さん:「味覚」を知識としてお伝えしたり、実際にチョコを食べて体験してもらったりしています。一番多いのは小学校で、中学・高校での実施経験もあります。
小学生は、そもそも基本的な味の種類すら知らないですし、自分の味覚を測ったことがある子はほぼいません。味覚が最も鋭いのは3歳頃と10歳頃という説があって、そのピークの時期に知って、維持していけるのが理想です。
だからこそ、小学生の定番の授業になっていくといいなという思いがあります。
小学校の食育事業の一環で、味覚について講義する水野さん
すぐに効果を感じられる、味覚を知るということ
―― 最後に、日本味覚協会での学びに興味を持っている方へ、メッセージをお願いします。水野さん:味覚は本当に身近なものなので、学んだことがすぐに実感できるんですよね。「これを学ぶ意味があるのかな」と迷う必要はまったくなく、次の食事から学びを実感していただけると思います。
ですので、ぜひ安心してその第一歩を踏み出してもらえたら嬉しいですね。一般常識のように、誰もが当たり前に自分の味覚を知っている世の中になってほしいと思っています。
―― 本日は素敵なお話をありがとうございました。