20年ほど前、まだ犬の皮膚についてほとんど解明されていなかった時代、「愛犬が痒がらないシャンプーを作りたい」と研究を始めた一人の飼い主がいました。
日本ハンドメイド・ドッグソープ協会(JHDSA)の理事長を務める、岸本 芭瑠美さんです。
岸本さんは、2008年から講座をスタートし、2015年に協会を設立し、その規模は現在約1,500名の受講生が学ぶまでに拡大しています。
本記事では、協会設立の原点にある思いと、「飼い主さんの心が幸せでなければ、犬も幸せになれない」と語る岸本さんの信念に迫ります。

日本ハンドメイド・ドッグソープ協会 理事長 岸本 芭瑠美氏
愛犬のために始めた石けんづくりの原点
——日本ハンドメイド・ドッグソープ協会を立ち上げられた背景を教えていただけますか?岸本さん:20年以上前の話ですが、当時「いい洗浄剤がない」と感じたことが日本ハンドメイド・ドッグソープ協会の始まりでした。私自身が犬を飼っていて、今の子で四代目になります。
当時は、人の皮膚の研究も遅れていましたし、ましてや犬の皮膚のことは、ほとんど分かっていない時代でした。
ノミ取りシャンプーや抗菌シャンプーはあっても、普通の子を洗うには強すぎるものが多くて、皮膚トラブルにつながりやすかったんですよね。
「愛犬に合ったシャンプーが無いなら作ろう」と、本当にそれぐらいの気持ちから始まりました。

日本ハンドメイド・ドッグソープ協会HPトップ
——日本ハンドメイド・ドッグソープ協会のご活動について、周りの方の反応はいかがでしたか?
岸本さん:最初は友人の愛犬たちに使ってもらっていたんです。「犬用の石けん」という言葉自体、当時は誰も聞いたことがなくて、手のひらに乗せた石けんを見て、皆さん最初は驚かれていました。
でも、使ってみたら喜んでもらえて、口コミで少しずつ広がりました。
ネットで発信するようになってからは、全国で困っている飼い主さんがたくさんいることを知りました。皮膚病で何年も苦しんでいる子の飼い主さんが「何でもいいから試したい」と連絡をくださったこともあります。
犬用の石けんを試してみたい方々に実物をお渡しして、ありがたいことに今までクレームが一度もありません。
すべて「ありがとう」というお言葉をいただいてきたからこそ、ここまで続けてこられたのだと思います。
犬の皮膚から考える、手作り石けんの良さ
——手作り石けんが犬に適している理由を教えていただけますか?岸本さん:本来のバリアを形成し、健康な皮膚を維持しやすくなる点が手作り石けんを選ぶ一番の理由です。
というのも、手作り石けんは、すすいだ後に界面活性剤がほぼゼロになる特性があります。
一方で市販のシャンプーは、どんなにすすいでも、必ず成分が皮膚に残ってしまうことがあります。
人間であれば汗をかくので、残った成分を常に水分で流せますが、犬は汗をかかないため残った成分を流せません。
犬は自分で皮脂を出して健康な皮膚の表面を保とうとしますが、残った界面活性剤がそれを妨げてしまうのです。
市販のシャンプーも昔と比べたら日々の研究によって良くなっていますが、それでもまだ石けんには追いつけてはいないですね。
——市販の石けんと手作り石けんでも違いがあるのでしょうか?
岸本さん:はい、あります。市販の石けんは、保湿成分であるグリセリンが抜かれていることが多く、後から添加します。
しかし、オイルから手作りする石けんは、グリセリンの含有量がまったく違ってきます。手作り石けんの保湿力が、ちょうど愛犬たちの皮膚に合っているんです。
それから、石けんカスの問題もあります。石けんカスは皮脂バリアの邪魔はあまりしませんが、乾燥を招いてしまいます。
そこで、石けんカスが残らない脂肪酸の種類を選んでレシピを作っている点が、市販のものとは異なります。

——手作り石けんの愛犬に使った方には、どのような変化が見られていますか?
岸本さん:一度手作り石けんでシャンプーをしたプードルが、1ヶ月後にトリミングサロンに戻ってきたとき、皮膚の色が明らかに違っていました。
他にも、シャンプーした後、愛犬が皮膚を痒がっていないと、嬉し泣きながら電話をくださった飼い主さんもいらっしゃいました。
皮膚が敏感な犬の場合、シャンプーした後もずっと痒がっていることがあります。
このような成果は私だけの力ではなく、長い年月の中で使ってくださった皆さんの声が積み重なった、集合知のようなものですね。
偶然が導いた「最初にして最高」のレシピ
——現在の手作り石けんのレシピにたどり着くまで、何度も改善を重ねたのでしょうか?岸本さん:それが本当に偶然なんです。
最初の目標は、固形石けんをお湯に浸したら液状に戻る「液体シャンプー」を作ることでした。溶けやすい石けんを作ろうとオイルを選んでいたら、偶然それが石けんカスを作らないものだったんです。
一番最初に「これでいこう」と決めた手作り石けんのレシピに、いまだに他のレシピが勝てません。
その後も改善を続けてきましたが、結局元に戻るんですよ。あのときの勘は良かったんだと感じています。

日本ハンドメイド・ドッグソープ協会による犬用手作り石けん制作の様子
——見た目のきれいな石けんを作ることもできますか?
岸本さん:デザイン石けんを作ろうとすると、犬に合うレシピにするには高度な技術が必要です。
そこで、「どんなにお豆腐が潰れたような形でもいいから、愛犬たちにとって害のない石けんを作りましょう」という形で進めてきました。
見た目よりも、中身を大切にしています。
——試行錯誤の中で失敗もありましたか?
岸本さん:はい。アロエを入れたらいいかなと思って試したら、シャンプーの後ずっと痒がっていたことがありました。
調べたら、生のアロエにはシュウ酸が入っていて、とろろと同じように肌につくと痒くなるんです。そのときに、化粧品に使うものは精製が大事だと学びました。
日本ハンドメイド・ドッグソープ協会を立ち上げる前には、さまざまな失敗の積み重ねがありましたね。
しかし、他の方の愛犬に対して失敗はしていません。まず自分の子、そして自分の主人で試してきました。
知識だけではない。職人技を身につける

——講座ではどのようなことを学ぶのでしょうか?
岸本さん:ビギナーコースでは、皮膚の構造や界面活性剤の違い、オイルの成分や性質についてしっかり学んでいただきます。
洗浄力も溶ける温度もオイルによって違います。そのうえで、固形石けんの作り方やシャンプー後のケアなどの、基礎知識をお伝えします。
クリエイターコースになると、それぞれのオイルの特徴や、どんなワンちゃんに向いているかといった応用を学びます。
クリエイターの場合は、多くの方に広めることや収益につなげるプロセスも必要なので、オプションの成分を用意して、実際に作って試していただきます。
液体石けんの作り方や、手作り石けんを販売するための薬機法も学びます。

——手作り石けんに関連した理論を学ぶ中で、難しさを感じる方もいらっしゃいますか?
岸本さん:理論や科学の話になると、難しく感じる方も多いのですが、最終的には同じレシピでも全員同じものは作れないと話します。
同じ量の材料を渡して肉じゃがを作ったとしても、一時間後には色も火の通り具合も全員違いますよね。
石けんも同じで、職人技です。
だからこそ、「この人の石けんが好き」という形でお客様がつくことが多いですね。

分かりやすく丁寧に教えてくれる環境。生徒一人ひとりの個性に寄り添う。
趣味から仕事まで。広がる受講生の活躍
——日本ハンドメイド・ドッグソープ協会での資格取得後、受講生の方々はどのように活躍されていますか?岸本さん:小さい単位だと、マルシェで手作り石けんを販売している方が多いようですね。
ネットショップで販売されている方もいて、楽天市場やAmazon(アマゾン)で売っている方もいらっしゃいます。
Amazonで販売している方は、トリミングよりもそちらのほうが忙しくなって、トリミング業を辞めて手作り石けん販売を中心にされています。
楽天の方も、いつも売り切れになってしまうので、サブスクを導入したとおっしゃっていました。

天然の素材なので、同じものは作れません。それぞれの模様が違うところも手作り石けんの良さです。
——ビジネスとして成功される方の共通点はありますか?
岸本さん:ビジネスとして成功される方は、熱意が違いますね。
「私はこれをやりたいんだ」という熱意が強い人は、ビジネスに結びつける力も持っていると感じます。
この間、秋田で講師をしている方から、会社を設立したという連絡が来ました。本当に嬉しかったですね。
応援する側へ。共に歩む未来
——協会の運営で大切にされていることを教えてください。岸本さん:受講生とは常に同じ目線で関わり続けたいですね。
一方的に教える立場になってしまうと、そこで成長が止まってしまう気がします。自分自身の成長のためにも、共に取り組むことで、より前に進めます。
また、獣医師という専門家がいらっしゃるので、「先生」という立場はそちらに委ねるべきだと考えています。私たちの役割は、日常のケアや健康管理をサポートすることです。
受講生とはメールやLINEもしますが、「先生」と呼ばれるとやりにくく感じることがあります。
慣れてくると、形式ばったやり取りではなくなっていきます。私が誤字のある文章を送ってしまうと、修正して返してくださる方もいらっしゃいますね。
受講生の方々と信頼関係を築くことで、石けんづくりに失敗したときも、気軽に相談してもらえる関係性になると思っています。

——理事長が個々に対応されているのでしょうか?
岸本さん:7名の講師が対応する場合もありますが、私に直接相談してくださる方もいます。
1人の情報量より、1,500名の情報量ですから、「うちの子だけがうまくいった」というのは、あくまで個人の事例に過ぎないとお伝えしています。
「皆さんの脳みそを貸してください」といつも講座で言っています。一人の脳みそでは解決できないから、全員で考えていきましょうと。
飼い主さんの心を幸せにしてあげられないと、愛犬たちを可愛がる余裕がなくなってしまいます。
飼い主さんが安心していられるお手伝いが少しでもできれば、愛犬たちが幸せでいる時間が増えます。
だから、マインド面はできるだけ寄り添いたいのです。個々の対応を必要としてくれる方は、大歓迎です。
——5年後、どのような景色を思い描いていますか?
岸本さん:私自身、若い頃に考えていた5年後の目標は、すでに達成しているんですね。
だから今は、応援する側に回りたいと思っています。これからの方が、自分にとって、犬たちにとって幸せな5年後を作っていく。
その姿を眺め、皆さんが実現したい未来を達成するのをお手伝いしていきたい。関わってくださる方の幸せな5年後を一緒に見ていきたいです。

試行錯誤しながらの石けん作り。生徒さんの顔は真剣そのものです。
自分とワンちゃんの幸せのためにできることを
——最後に、犬用の手作り石けんに興味はあるけれど、まだ一歩踏み出せていない方へメッセージをお願いします。岸本さん:犬用の手作り石けんは、きっと皆さんが想像している手作り石けんの枠の外にあるものだと思います。
人間用の情報が中心ですから、それを愛犬に応用していく視点を知っていただきたいですね。
時代も変わってきているので、AIが多くのことを担うようになったとしたら、知識の講座はAIがやってくれるかもしれません。
しかし、石けん作りの技術やタイミング、そして課題にぶつかったときに「どうしたらいいんだろう」と疑問を持つ気持ちは、人間にしかできないと思っています。
一つひとつの迷いや問いに寄り添いながら、一緒に考えていける講師さんが増えてくれたら嬉しいですね。
——本日は、ありがとうございました。

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